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大阪高等裁判所 昭和41年(う)411号 判決 1967年2月15日

被告人 西田益次郎

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人柴田耕次作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴趣意第一点、事実誤認の主張について

所論の要旨は、被告人は原判示の被害者を救護しかつ警察への報告をしようとしていたのに、第三者である水本薫によつてこれを妨げられたため救護報告の措置を採り得なかつたものであるのに、原判決がその判示第三及び第四の事実として救護、報告義務違反の事実を認定したのは、事実誤認である、というのである。

よつて案ずるに、本件事故発生の際、四条通を軽三輪自動車を運転して西進し現場に来て事故直後の被害者や被告人の言動を見聞した証人水本薫の当公判廷における供述によれば、被告人に追突された原付自転車の運転者三宅幸生は、その後部座席に同乗していた北島信一が右追突により路上に転倒して原判示の傷害を負い痛がつていたので、直ちに現場の交差点付近の電話から一一〇番に架電して警察への報告及び救急車の派遣を要請して再び現場に引返しており、このことは事故直後暫らくの間現場に居た被告人にも判明していたものと認められる。従つて被告人が負傷者北島信一に対する救護及び警察に対する事故の報告の措置を採るに先立つて、本件事故の当事者の一方である三宅幸生が既に救護、報告の義務を履行し、被告人もまたこの事実を認識していたものというべきである。

然しながら原判決挙示の証拠就中三宅幸生、北島信一、水本薫の各供述調書を綜合すれば、被告人は事故発生直後受傷して「痛い痛い」と言つている北島の傍に来て「なにが痛いのやお前がぼやぼやして運転しているから悪いのや」と言い、痛がつている北島の足をさわり、かつ水本が被告人に対し「おつさん無茶なことしたらあかんで」といつて、被告人を北島から離すと、被告人は水本に対し、「お前の顔はよう知つている、放つておけ、帰れ」と口汚なく言い、また原付自転車を運転していた三宅にも食つてかかつていたこと、ならびに三宅が水本の勧告に従つて現場付近のトロリバスの車庫の方に走つて行き一一〇番に電話して現場に戻つてきたが、救急車がすぐには来なかつたので、「救急車おそいな」と話していると、被告人が酒酔のためよろよろしながら現場付近に止めてあつた自分の車の方に行きこれを運転して四条通を東進したので、三宅は折柄現場にやつてきた自動車を呼止めこれに乗せてもらつて追跡し、西条中学(当審で取調べた司法警察員表孝信作成の捜査報告書によると現場から約六、七百米東方にあると認められる)付近でやつと被告人の車に追付いてこれと平行し、止まれと合図したため被告人は停車し直ぐ下車したので、水本は被告人に「逃げたらあかんやないか」というと、被告人は「なにもけがをしてへんやけ」と食つてかかつた。そこで水本は被告人を現場に引返えさせた方がよいと思つて、被告人の車の助手席に乗つていた水本薫を後部座席に移し、被告人を助手席に移動させて水本が自ら被告人の車を運転して現場まで引返したところ、北島が救急車で病院に運ばれようとしており、被告人は現場に臨場していた警察官に引き渡された事実が認められる。従つて右の事実から推論すると、被告人は、被告人より先に事故の一方の当事者である三宅が救護報告の措置を採ると否とにかかわりなく、負傷者北島を救護する意思など全然なく、また本件事故を警察に報告する意図も全く有していなかつたものと思料される。本件事故に先立ち被告人と共に飲酒して被告人の車に同乗して事故現場に至り、事故発生後被告人が前記のように再び乗車して現場から四条中学付近まで自動車を運転した際これに同乗していた水本薫は当公判廷において、被告人が事故現場から四条中学付近まで車を運転して行つたのは警察へ事故の報告をするため四条中学前の公衆電話から電話をかける目的であつたかのような証言をし、また被告人は原審公判廷で被害者北島に傷の程度を尋ねると「どうもない」というので、事故を警察へ報告しようと思い、二〇〇米先の西院自動車学校へ電話を借りに行き、電話して現場へ戻つたと弁解しているが、三宅、北島、水本の前記各供述調書及び水本の当審証言によれば、被告人が右三宅、北島、水本等に対し被告人において救護報告の措置を採る意向を表明する発言をした形跡は全くなく、前説示のような被告人の言動から察すると、右水本の証言及び被告人の弁解は措信できず、救護及び報告の措置を採る意向がなかつたことを認める被告人の捜査段階での自白は充分に信用できる。

ところで道路交通法七二条一項前段及び後段の救護報告義務は事故を惹起した車両等のそれぞれの運転者その他の乗務員等各自に課せられた義務であつて、複数の車両等相互間において交通事故が発生した場合には、各車両等の運転者等自身の責任においてその義務を履行すべきもので、一方の運転者等において救護(救急車を電話で依頼した程度の)、報告の措置を講じたからといつて、ただそれだけで他方の運転者等の救護報告義務が消滅するものではないと解すべきである。しかも本件のように被告人がことさら被害者の負傷を軽視しこれを等閑に付し自ら被害者を救護する意思もなく、事故の一方の当事者である原付自転車の運転者三宅が負傷者北島を救護するのに全く協力もせず、かつ自ら事故の発生を警察に報告する意思もなくして、一方の当事者の手配した救急車の到着前に事故現場から立去つたような場合は、被告人が救護報告の義務を怠つたものと認定すべきは当然である。従つて原判決には所論のような事実誤認はなく、本論旨は失当である。

二、その余の論旨は量刑不当を主張するのであるが、本件は被告人の酩酊運転中に発生した事故で、被告人の一方的過失による追突事故であり、しかも救護報告の義務を怠つた悪質なものであること、被告人には業務上過失傷害罪による罰金の前科が二回ある外過去数回にわたり交通法規違反で罰金及び科料に処せられていること等に徴すると、被告人が老令であり、被害者に対し慰藉の方法を講じたこと、過去数年にわたり交通安全協会の役員として交通安全運動に協力したことや本件事故により運転免許取消の処分を受けたこと等所論の情状を参酌しても、被告人に対する原判決の刑が重過ぎるとは考えられない。

よつて刑事訴訟法三九六条、一八一条一項本文により主文のとおり判決する。

(裁判官 江上芳雄 木本繁 尾鼻輝次)

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